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横浜地方裁判所 昭和39年(行ウ)15号 判決 1966年2月28日

神奈川県秦野市曽屋二九三番地

原告

有限会社 新貴亭

右代表者代表取締役

山田初子

右訴訟代理人弁護士

増本一彦

神奈川県平塚市平塚三六〇九番地

被告

平塚税務署長

栗田直彦

右指定代理人検事

真鍋薫

法務事務官 石塚重夫

大蔵事務官 松富善行

小林良一

中井昭

青木茂雄

近藤一久

右当事者間の昭和三九年(行ウ)第一五号異議申立棄却決定取消要求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

(原告)

1  被告が原告に対し、昭和三九年六月二六日付でなした「昭和三五年五月一日から昭和三六年四月三〇日までの事業年度分法人税額等の更正処分及び加算税の賦課決定処分に対する異議申立」の棄却決定(平直法特一九号)を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

(被告)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者双方の主張

一、争いのない事実

1  被告は、原告に対し、昭和三九年三月二一日付で、昭和三五年五月一日から昭和三六年四月三〇日までの事業年度分法人税額等の更正処分及び加算税の賦課決定処分(以下この各処分を原処分という)をした。右事業年度中原告は青色申告法人であつた。

2  原告は被告に対し、昭和三九年四月二一日付で、不服事由を「山田初子個人預金四六、六五八円及び二二三、〇四二円の合計額は、個人預金預入れ総額を総収入金額とみなされているが、個人預金の運用が考慮されていない。」と記載して原処分の取消を求める異議申立(以下本件異議申立という)をし、被告は同年六月二六〇右申立の棄却決定(平直法特第一九号、以下本件決定という)をした。

3  本件決定には次の理由が記載されている。

「申立人は、山田初子個人預金四六、六五八円及び二二三、〇四二円については、預入れ総額を総収入金額とみなしており、個人資金の運用が考慮されていないと主張するが、その預入れ経過等についてはすべて代表者山田初子の供述によるものであり、また当署の調査時の確認においても判然としている事実である、依つて申立人の主張は根拠がないので申立を棄却する。」

4  行政不服審査法第四条第一項、国税通則法第七九条第五項によると、異議申立に対する決定(本件決定)については審査請求ができないので、原告は東京国税局長に対し、本件決定後の原処分につき、本件異議申立と同一の不服事由を含む審査請求をし、昭和四〇年七月二九日付で、別紙記載のとおり右請求棄却の裁決があつた。

二、争点

(原告)

(一) 本件決定は、理由不備の違法があるから、取消を求める。

1 行政不服審査法第四八条、第四一条第一項は、異議申立に対する決定に理由を附記することを要求している。これは決定機関の判断を慎重にし、その恣意に陥入ることを防ぎ、決定の公正を保障するためである。従つて附記すべき理由は、申立人の不服事由に対応し、その結論に到達した過程を明示しなければならない。

2 本件異議申立における原告の不服事由につき、本件決定の附記理由では、山田初子の個人預金がすべて原告の総収入金額となる理由、右個人資金の運用を考慮しなくてよい理由と、これの得拠資料の具体的内容等を明示していない。

よつて本件決定理由は、原告の不服事由に対応せず、その結論に到達した過程が不明で、理由不備である。

3 原告は被告に対し、本件異議申立前後に原処分をなした理由を再三質したが、被告はこれを拒否した。更に被告は本件決定の審理中、その義務である補正命令(行政不服審査法第二一条)もなさず、本件異議申立に伴う原告の主張立証活動を制限した上、原処分の附記理由とほぼ同一の理由を附記した本件決定をした。

そのため原告は詳細な原処分理由を知り得なかつた。斯る場合行政庁は自己のなした処分の根拠を、原処分者の態度如何に拘らず詳細に明示する義務がある。

(二) 仮に審査請求に対する裁決の理由附記が十分であるとしても、本件決定の違法性は消滅しない。

1 審査請求は原処分を審査の対象とし、本件決定を対象としていないから、その裁決が本件定決に影響を及ぼすいわれはない。

2 行政不服審査法第四八条、第四一条第一項の趣旨は、異議申立に対する決定に関し、他の書面等によつて決定理由が推知できる場合でも、決定書自体に適法な理由の記載されることを効力要件としていると解されるから、審査請求に対する裁決理由が本件決定の理由不備を補正することはない。

3 審査請求に対する裁決は、実質的には第三者機関である協議団の判断に基く(国税適則法第八三条)もので原告は納税者として、原処分庁である被告自身の判断理由を求める権利がある。

(二)(訴の利益)

本訴において本件決定が取消されると、被告はあらためて本件異議申立に対する決定をしなけなければならず(行政事件訴訟法第三三条第二項)、右異議申立が当然審査請求とみなされることはない。そうすると被告は、本件異議申立につき十分な理由附記のある決定をなさねばならず、従つて原処分に対する再度の審理も可能となり、原処分が再更正される余地を生じ、面も十分な理由附記により原告は原処分の取消等を訴求する際の攻撃防禦方法を獲得できるから本訴は訴の利益がある。

(被告)

(一) 本件決定は、原告の不服事由に対応した理由附記があり、適法である。

1 同法第一五条第一項第四号は、不服申立に際し、その趣旨及び理由を記載することを要求している。これは行政処分の大量性、回帰性という特殊性に基き、行政救済制度の悪用濫用を防ぐためである。従つて附記すべき理由は、申立人の不服事由が具体的であるか否かにより異なる。

2 原告の不服事由は、売上入金額と認定された山田初子個人名義預金中幾何の金額が、どのような根拠で個人資金の運用であるとするのか等の点につき、その理由を明示せず、証拠資料も提出していない。断る抽象的な不服事由に対しては、判断の過程を詳細に説示する必要がなく、簡潔な理由と結論を示せば足り、本件決定はこれに沿う必要十分な理由附記がある。

3 原告が被告に原処分理由を質したことなく、却つて原告は、青色申告法人との原処分に対する具体的不服事由を推知できたのに、これを明確にすることを回避し、本件決定の審理過程で被告の釈明に応ぜず、請査活動を妨害した。斯る場合は真摯な行政救済制度の利用と認められないから、決定理由も詳細な判断過程を示す必要はなく、原告の不服事由を排斥する簡潔な理由の記載で足りる。

なお補正命令を出さなくとも審理内容を充実すれば足りるから、これが本件決定の違法原因とはならないし、被告は慎重な書面調査、反面調査等を行つた結果、本件決定の結論に達した。

(二) 仮に本件決定に理由不備の違法が存するとしても、別紙記載のとおり原告のなした審査請求を棄却した裁決において、詳細な理由附記があるから、本件決定の違法性は消滅した。

よつて本訴請求は失当である。

(三)(同上)

本訴において本件決定が取消されると、本件異議申立の段階に戻り、右申立は当然原処分に対する審査請求とみなされる(国税通則法第八〇条第一項第一号)、ところが先に原告からなされた原処分に対する審査請求は、既に棄却されているから、右の審査請求とみなされる申立は二重請求となり、審査庁において実体的判断をされず、却下されることになる。そうすると本訴で本件決定を取消す法律上の実益は存しないから、本訴は訴の利益を欠き不適法である。

第二、証拠

(原告)

甲第一ないし第四号証を提出。

証人末永芳久、同須藤誠治、同宮内靖起の各証言を援用。

乙号各証の成立を認める。

(被告)

乙第一ないし第三号証、第四ないし第六号証の各一、一、第七号証を提出。

証人須藤誠治、同宮内靖起の各証言を援用。

甲号各証の成立を認める。

理由

本訴の争点中(三)の訴の利益につき判断する。

原処分につき、原告から東京国税局長に対し、本件異議申立と同一の不服事由を含む審査請求(以下先行審査請糸という)がなされ、これを棄却する裁決のあつたことは当事者間に争いがなく、右裁決が本訴の口頭弁論終結前になされたことは、本訴の経過に照し顕著である。

ところで、仮に本訴で理由不備の違法があるとして本件決定を取消し、これが確定すれば本件異議申立の段階に戻り(行政事件訴訟法第三三条第二項)、本訴の提起が本件異議申立の翌日から三月を経過していることは本件記録上明らかであるから、右申立は当然審査請求とみなされ(国税通則法第八〇条第一項第一号、みなす審査請求)被告の決定を経ずに審査庁(東京国税局長)に係属する。

この場合、前示先行審査請求に対する審査庁の実体的判断(取消、変更、棄却裁決)がなされていなければ、みなす審査請求は先行審査請求の不服事由の追加的変更と解すべきで、而も審査庁は右取消判決に拘束される(行政事件訴訟法第三三条第一項)から、これと牴触するような裁決理由を示すことはできず、従つて本訴が訴の利益を有することは明白である。

けれども既に先行審査請求に実体的裁決がなされている場合、右取消判決はその裁決を取消すものでないから、審査庁はその裁決の不可変更力に拘束され、みなす審査請求に再度実体的判断をなすことなく、却下する(行政不服審査法第四〇条第一項)ものと解される。

もつとも右実体的裁決が棄却裁決ならば、これは取消裁決と異なり(行政不服審査法第四二条)、原処分が違法でないことをいうに過ぎず、被告が右裁決後に任意の再審理をし、原処分に明白な誤認を見出したような場合は、被告の本来の権限に基いて再更正処分をすることを妨げるものではなく、またみなす審査請求が前示のとおり審査庁で却下されるとしても、被告において右棄却裁決のあつた場合と同様、原処分に対する任意の再審理をする可能性が全くないとはいえない。

然しながら、右再審理、再更正処分の可能性は、本件決定を取消す判決の有無に拘らず、或いは審査請求に対する棄却裁決の存否を問わず、事実上存在するものに過ぎず、本件決定が本訴で取消されることにより法律上当然生ずるものではない。

そうすると右可能性の存在をもつて、本件決定の取消判決を受ける法律上の利益ないし必要があるとはいえないから、本訴は訴の利益を欠くというべきである。

よつて、本件訴を不適法として却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石橋三二 裁判官 土井博子 裁判官 斎藤祐三)

別紙

裁決 審査請求を棄却する。

裁決の理由

1 昭和三九年七月二二日当局協議団が受付けた、審査請求書記載の請求の趣旨において昭和三五年五月一日から昭和三六年四月三〇日にいたる事業年度の法人税および加算税に関する異議申立てに対する棄却処分を取り消すよう請求しているが、行政不服審査法第四条第一項および国税通則法第七九条第五項の定めるとおり、異議決定処分については審査請求が認められていないので、この点に関する請求には理由がない。

2 同審査請求書記載の請求の理由において「異議の甲立に対して、強いて、その内容を知らせず、一方的に棄却したのは納税者の権利を著しく蹂躪した。」という理由をあげて、原処分および異議決定処分の取消を求めているが、平塚税務署長の行なつた、原処分および異議決定処分はいずれも税法、行政不服審査法、あるいは国税通則法等所定の手続にしたがつて適正になされたものである。この点に関する請求人の主張にも理由がない。

3 同審査請求書記の請求の理由gにおいて異議決定の付記理由が十分でなく、違法であるから、原処分を取り消せという趣旨の請求をしているが、かりに異議決定の付記理由が十分でないとしても、そのことは原処分の違法事由たり得るものではないと解されるから、請求人のこの点に関する主張にも理由がない。

4 同審査請求書記載の3・4および5の3点(「3教示の有無」「4閲覧請求」「5口頭による意見陳述の希望」)については、それらが、原処分の違法事由とならないことは明らかである。

5 以上のとおり、本件更正処分および異議決定処分の各手続には請求人が主張するような違法性は存在しない。以下、当該審査請求書のにおいて記載されているところに従つて、原処分の内容に違法性があるかどうかを判断する。

6 請求人は昭和三九年四月二一日付異議申立書の「異議申立の理由」中において、「山田初子個人預金四六、六五八円および二二三、〇四二円の合計額(二六九、七〇〇円)は、個人預金預入総額を、総収入金額とみなしているが、個人賞金の運用が考慮されていないので、取消されるよう甲立てますと」主張している。

原処分が請求人の申告所得金額に加算した簿外預金二六九、七〇〇円の内容は次のとおりであつて、その預金名義人は川口昇という実在しない架空人物である。

中栄信用金庫川口昇名義普通預金三八五七号

期首預金在高 四八、九五八円…………………<1>

期中出金高 二七二、〇〇〇円…………………<2>

期末在高 四六、六五八円…………………<3>

<2>+<3>-<1>=二六九、七〇円

請求人の主張の趣旨は要するに、「上記川口昇名義普通預金は請求人の代表者である山田初子の個人預金であつて、請求人の簿外預金ではない」というにあたるので、以下この点について判断する。

(1) 請求人は本件審査請求に対する調査において「原処分が所得金額に加えた簿外預金は、家計費として随時山田初子に支給した仮払金のうちから預け入れたものである」と申し立てているが、仮払金の払出日と預金日の間には全く関連性が認められない。

(2) 本件川口昇名義普通預金には、請求人の翌期において請求人の取引先である国立神奈川療養所の振出小切手が預入されており、また翌々期において請求人の資産の売却代金が預入されている等請求人の簿外、預金であることを示す多数の事実が存するが、これらの事実との関連において請求人の代表者山田初子は原処分の調査において、前記預金が請求人の売上(雑収入)脱漏に基づくものであることを認めている。

(3) 本件預金の預入状況を検討すると毎日五〇〇円ずつほぼ二日から三日の間隔で終始預入されており、請求人の主張するように「個人資金の運用」によるものとはとうてい考えられない。

(4) そもそも「個人資産の運用」によるものであれば本件のごとく架空名義を用いる必要はない。

以上の事実から判断すれば、本件預金は請求人の簿外預金であることは否定できないところであるので、請求人の当期の所得金額に上記金額を加算した原処分は相当であり請求には理由がない。

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